江原啓之 スピリチュアル「今いくべき聖地」走水神社。女性らしさを取り戻す地

ヤマトタケルの東征とオトタチバナヒメの犠牲

東へ向かった第12代景行天皇の皇子ヤマトタケルは、東京湾の入り口の走水海(はしりみずのうみ 浦賀水道)で、海峡の神が起こした風浪のため、船が渡ることができません。
すると、妃のオトタチバナヒメが申し出ました。

私が海に入り神を鎮めましょう、
御子には天皇の使命がありますから…

オトタチバナヒメの犠牲

そう言うとオトタチバナヒメは菅を編んだ敷物、毛皮の敷物、絹の敷物を波の上に敷きました。
その後、海に入って行きました。海は静まりましたが、7日後、オトタチバナヒメの櫛(くし)が浜辺に打ち上げられました。ヤマトタケルはここに彼女の墓を作り、櫛を墓に納めました。

こうして、ヤマトタケルは東京湾を渡り、房総半島へ入り、いわゆる東の国の豪族たちを平定していくことができたのです。
(『古事記』より)

江原啓之 スピリチュアル「今いくべき聖地」走水神社

尊い女神の生き方は、時代を超えて、
真の女性らしさとは何かを伝えてくれる。
性別が、意味を見失おうとしている今だから
その自己犠牲と、大きな愛に貫かれた姿から、
大切な心を学んで。

浦賀水道と呼ばれる美しい海岸線を眼前に望む走水神社は、今の日本女性の多くが忘れ去ってしまった、「真の女性らしさ」を象徴する神社ではないでしょうか。「女性らしさ」という言葉そのものが、価値を失っている現代だからこそ、私は走水神社の存在を、一人でも多くの人に知ってもらいたいと思っています。

ヤマトタケルノミコトとオトタチバナヒメノミコト

『日本書紀』によると、東国平定の旅をしていたヤマトタケルノミコトが、浦賀水道を経て房総半島へ渡ろうと船を漕ぎだしたところ、急に激しい風雨に襲われました。

この嵐は、「海神の怒り」といわれているようですが、私の解釈では、ヤマトタケルノミコトが討伐した者たちの怨霊や生き霊による妨害もあったのではとみています。

このままでは船が沈んでしまうというとき、ヤマトタケルノミコトの妃だったオトタチバナヒメノミコトは、自ら海に身を投げられたそうです。そのおかげで、激しい風はやみ、船は無事に房総半島に着いたと記されています。

オトタチバナヒメの伝説、真の女性らしさとは何か?

オトタチバナヒメノミコトは、決して弱々しい女性ではありません。愛する夫を守るために、自らの意志によって自己犠牲の道を選び、ヤマトタケルノミコトが止める間もなく、荒れ狂う海に飛び込んでいったのです。運命に流されるだけの受け身の女性だったとしたら、どうしてこんな選択ができるでしょうか。

弟橘媛命「舵の碑」オトタチバナヒメ「舵の碑」ウィキメディアより(以下同)

今の時代は、男女のあり方がとても不確か!

男女平等が叫ばれ、女性の社会進出が進むにつれて、男性らしさ、女性らしさという言葉も、意味を失いつつあるのです。もちろん、男女平等が間違っているなどというつもりはありません。女性が社会に出るのは、素晴らしいことであると同時に、当然のことです。

男性と女性の間に上下はなく、それぞれの性別による役割の差があるだけですから、男性も女性も、自由にそれぞれの能力を高めていけばいいでしょう。そもそも現世においては、“配役”としての性があるだけで、魂自体は性別を持ちません。

男女の差は肉体的なものであり、肉体を持って生まれてきた現世において、男性、女性の役割が作られているだけです。仏教における仏様も中性ですし、本来、神道の神々にも性別はありません。

なぜ、私たちは性別を持って生まれてくるのでしょうか。

意外に感じられるかもしれませんが、性別を選んでいるのは、実は私たち自身です。生まれてくるときに、私たちは「男性としての生を受けることによって学ぶ」のか、「女性として生きることによって学ぶ」のか、自分自身の判断によって、魂を磨く方法を選んでくるのです。

走水神社・絵馬

「男は度胸、女は愛嬬」の本当の意味

一般的に見て、私たちがスローガンを掲げるのは、そうしなければ目標が達成できないと考えるからです。つまり、男性が男性らしくすることも、女性が女性らしくあることも、本来は簡単ではありません。「男は度胸、女は愛嬬」といわれるのも、度胸を持った男性と、愛嬬のある女性が、それだけ希少価値のある存在だからではないのでしょうか。

男性という性は、理性的で物事を分析することができる反面、感性が鈍く、弱い魂を持っています。女性という性は、感情的で理性には欠けがちな一方、豊かな感受性に恵まれ、強い魂を持っています。逆にいうと、弱い魂であり、感性を磨く、べき人は男性性を選び、強い魂であり、理性が必要な人は女性性を選んだわけです。

かつての男性、女性は、こうした性別の意味を、無意識のうちに理解していたのではないでしょうか。理性的で弱い男性が、強く雄々しくあろうと努力し、感情的で強い女性が、大人しく男性に付き従っていたのです。実際には、昔の女性たちが男性の言いなりだったわけではなく、弱々しい男性のために、あえて弱いふりをしてくれていたのでしょう。

そうして考えていくと、オトタチバナヒメノミコトは真に女性らしい女性、つまり誰よりも強い魂を持った女性であることがわかります。オトタチバナヒメノミコトは、自分ひとりで判断を下し、強固な意志のままに、嵐の海に身を投げました。

ヤマトタケルノミコトは、ここではオトタチバナヒメノミコトに守られ、生かされているのです。自己犠牲をいとわないオトタチバナヒメノミコトは、雄々しい男神であり、日本の神話における最大の英雄であるヤマトタケルノミコトよりも、さらに強い神様なのかもしれません。

今の時代、女性たちは強くなったといわれています。権利意識が高まり、はっきりと自己主張をする女性が増えたからかもしれません。しかし、本当に日本の女性たちは強くなったのでしょうか。私の目には、残念ながらとてもそうは見えません。

走水神社は、真に女性らしい生き方を学ぶことのできる場所

走水神社

あなたが女性であれ男性であれ、自身でその、性別を選んで生まれてきたのですから、現世で学ぶべき課題を達成させるためにも、自らの性、そして人生を省みる瞬間が必要なのではないでしょうか。

ちなみに、私自身の感想をいうとすれば、走水神社の存在を知ったことは、「神紀行」シリーズの最大の成果となりました。かつて、出雲の須佐神社を参拝させていただいたとき、「自分のなかでは一番の聖地に出会った」と感動したのですが、走水神社は、それに匹敵するほどの聖地だったのです。現代の日本で、これほど素朴で神々しいスピリチュアル・サンクチュアリが残されていたことは、まさに奇跡としか思えませんでした。

走水神社・40段の階段

走水神社のご社殿に参るには、40段ほど続く石段を上っていきます。その一歩一歩が、神々の領域に近づいているような神秘性を湛えており、思わず胸が高鳴りました。

ご社殿そのものも、ごく簡素なものでしたが、はっきりと「この向こうは神様の世界につながっている」ということが感じ取れました。あれほどの近さで、生々しく神界の息吹を感じられる場所は、他に例を見ないのではないでしょうか。

走水神社(はしりみずじんじゃ)
地名もヤマトタケルノミコトの「水が走るように速い」という言葉によるほど縁が深い。
●神奈川県横須賀市走水2-12-5
電話046・844・4122
京浜急行馬堀海岸駅から京浜急行バス観音崎行きに乗り、11分。
走水神社のバス停で下車、目前。
http://www12.plala.or.jp/hasirimizujinjya/index.html

江原啓之
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