江原啓之 スピリチュアル「今いくべき聖地」晴明神社。見えないものを想う地

安倍晴明像

平安時代の陰陽師として、あまりにも有名な安倍晴明。
その晴明を祀る晴明神社は、平安の人々が知っていた叡智を、
今に伝える役割を果たしている。
私たちが失くしてしまった心を、今こそ取り戻そう。

誤解されやすい「オカルトの聖地」晴明神社

京都の人気スポットのひとつになっているのが、安倍晴明を祀っている晴明神社です。陰陽師・安倍晴明の足跡に触れようと、地元の人たちはもちろん、観光客や修学旅行生までが、大挙して参拝に訪れています。

今こそいくべき聖地として、そうした観光名所的な神社をご紹介することに、違和感を持つ人もいるかもしれませんが、もちろん、そこには大きな理由があります。晴明神社は、ある意味、誤解されやすい神社であると同時に、現代人が見失ってしまった大切なメッセージを、私たちに伝えてくれる聖地なのです。

晴明神社・晴明井

晴明井
晴明公が念力により湧出させた井戸が、この晴明井です。病気平癒のご利益があるとされ、湧き出す水は現在でも飲んでいただけます。水の湧き出るところは、その歳の恵方を向いており、吉祥の水が得られます。恵方は毎年変わりますので、立春の日にその向きを変えます。
(画像:ウィキペディア/説明 https://www.seimeijinja.jp より)

晴明神社に紀られている安倍晴明は、平安時代の伝説的な陰陽師です。小説や映画でも有名なので、多くの人がその存在を知っているのではないでしょうか。式神を操り、魑魅魍魎(ちみもうりょう)に打ち克ち、京都の鬼門を一人で守護した、などと、超人的な存在としてイメージされているようです。

この神社が誤解されやすいというのは、安倍晴明という方があまりにも有名であり、その超人的な能力を崇拝する人が後を絶たないからです。晴明の名声が高すぎるがゆえに、超能力的なものに惹かれる人たちの関心を集め、パワーを求めて参拝するような、いわば「オカルトの聖地」として扱われてしまっている部分があるのではないでしょうか。

晴明神社・ご神木

ご神木
樹齢推定300年の楠です。楠は、かつて虫除けなどに使われる樟脳の原料でした。樹皮に触れると独特の感覚があります。両手をあてて大樹の力を感じとってください。

深く静かなエナジーに満たされた晴明神社

実際のお社は、深く静かなエナジーに満たされた、スピリチュアル・サンクチュアリです。一部の人たちが期待するような超常現象は、神様の業ではなく、それこそ安倍晴明が祓ったとされる魑魅魍魎が引き起こすものですから、正常な神社において発現するはずがありません。軽薄なオカルト主義に惑わされることなく、格式の高い神社として、敬虔な気持ちで参拝させていただきましょう。

また、晴明神社を訪れるときは、彼らが生きた時代に想いを馳せてほしいと思います。科学の恩恵を知らないまま、文化が美しく花開いた平安時代、人々の心のあり様はどうだったのでしょうか。雷が鳴れば神の怒りと畏れ、暗闇のなかに鬼神の姿を感じ、太陽や星の動きに天の啓示を見出す——私たちには想像もつかないほど、スピリチュアルな世界を身近に感じていたのではないかと思います。

晴明の母・葛の葉姫晴明の母・葛の葉姫(くずはのひめ)

文化人と霊能力者の顔を持つ平安時代の陰陽師

晴明たち平安人は、きっと目に見えないものを畏れる心を持っていたのでしょう。自然のエナジーを敏感に感じ取り、ご神霊の存在をつぶさに思い描けるだけの感性に恵まれていたからこそ、神仏の「罰」を恐れて、自らを律していたのでしょう。人にはわからなくても、天が知っているのだと考えれば、人は自然に身を慎むしかなくなるのです。

そもそも、安倍晴明に代表される陰陽師は、二つの側面を持つ能力者として、大きな役割を果たしてきました。自然や天文に関する知識を有した文化人としての側面と、神々のエナジーを身近に感じる霊能力者としての側面です。当時は、どちらが欠けても力のある陰陽師とはいわれなかったのでしょう。安倍晴明にしても、晩年には殿上人にまで上りつめ、宮中でも異例の出世をした人ですから、さぞかし深い学識と霊能力を併せ持っていたに違いありません。

宮中の人々が、陰陽師に冠位を与え、国家守護を祈らせてきたのも、人と神とが近くあった時代だからこその知恵ではないでしょうか。かつての日本人は、目に見えないものを排除するのではなく、文化として受け入れるだけの度量を持っていたのです。

晴明神社・厄除桃厄除桃
古来、中国また陰陽道では、桃は魔除け・厄除けの果物といわれます。『古事記』や『日本書紀』などでも魔物を追い払う様が描かれています。昔話、「桃太郎」もこれに由来するものだと思われます。誰にでも、自身の厄や、まがまがしいものがあります。それをこの桃に撫で付ければ、清々しい気持ちになることができます

畏れを知らない現代人。陰陽師に対する正しい理解を。

世界の多くの国は、“国境”ともいうべき宗教を持ってきました。ときには、国と国との争いが、宗教と宗教の争いに結びつき、悲惨な戦争の歴史を刻んでしまったこともありました。一方、自然界のエナジーを崇拝し、八百万の神々を信仰する日本人の寛容さは、世界の歴史のなかでも、誇りを持って語られるものではないでしょうか。

私たちの目に見えるのは、本当はごく一部のものでしかありません。神仏はもちろん、自然のエナジーも見えなければ、私たちの魂も目には見えません。愛情や誠意や信頼といった、私たちが大切に思う感情も、色や形を持ちません。科学的なことでいえば、電気もガスも電波も、やはり目には映らないのです。そう考えれば、目に見えるものしか信じないという人の言葉が、いかに矛盾したものか理解できるでしょう。

目に見えるものだけを信じようとしているうちに、私たちは大切な心を失ってしまいます。事実、多くの日本人は、いつの間にか「畏れ」を忘れているのではないでしょうか。政治不信や社会の矛盾は、畏れを知らない現代人だからこそ、生み出されているのだと思えてなりません。

安倍晴明に関心を持つのなら、万能の超能力者として崇拝するのではなく、陰陽師に対する正しい理解を深めてほしいと思います。そして、晴明神社の霊気のなかで、目に見えないものを敬うことの大切さを、改めて学んでいきましょう。多くの人が、物質至上主義に侵されている現代だからこそ、安倍晴明たちの精神に立ち返る必要があるはずなのです。

晴明神社・戻橋

旧・一条戻橋
安倍晴明公とも縁深い一条戻橋は、平成7年に架け替えられ、現在も晴明神社から南へ100メートルのところにある堀川に架かっています。源頼光の四天王のひとり、渡辺綱が鬼女の腕を切り落とした場所としても有名です。また、現在でも「戻る」を嫌って嫁入りや葬式の列は、この橋を渡らないのが習わしです。先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに「一條戻橋」を境内に再現しています。
式神石像

式神とは、陰陽師が使う精霊で、人の目には見えません。晴明公が、この地にお住まいになっていたころには、奥さまが怖がっておられましたので、式神は橋の下に封じ込められていました。その折には、式神がこの橋を渡る人の占い、つまり、橋占(はしうら)をしていたと伝えられています。

晴明神社(せいめいじんじゃ)
晴明が仕えた一条天皇により、1007年にその御霊を鎮めるために創建された。
●京都市上京区堀川通一条上ル806
電話075・441・6460
JR京都駅より市バス「一条戻り橋」で下車、徒歩2分
または地下鉄烏丸今出川駅より徒歩12分
https://www.seimeijinja.jp

終わりに。晴明神社、ぜひ死ぬまでに一度訪れてみたい!

晴明神社の属性は「水」。私の属性も「水」です。スピリチュアル神社を参拝するなら、同じ属性を持った神社を訪れると、なぜか疲れもとれ、心が落ち着き、穏やかな気分になれます。

かつて、「風」の属性を持つ伏見稲荷大社を訪れた時、その混雑にヘトヘトになってしまいました。特に千本鳥居の中は、お正月でもないのにすし詰め状態。そして、千本鳥居の後は急な坂道を登っていきます。もう、稲荷山の一ノ峰・二ノ峰・三ノ峰を回るのは無理とあきらめました。

しかし、四つ辻まで急な坂を登り、そのメインの道を逸れて、晴明の滝を訪れました(晴明の滝があることは知っていました)。ここは、あの混雑が嘘のように誰もいません。静寂だけ。不思議なことに、私の疲れはなくなり稲荷山を楽に回れました。

伏見稲荷大社・晴明の滝

江原啓之
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フール・オン・ザ・ヒル
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